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zoom RSS ジーコ監督 お疲れ様

<<   作成日時 : 2006/06/28 11:50   >>

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 2006年サッカーW杯ワールドカップで、日本は1次リーグ敗退が決まった。4年前と比べるとマスコミの取上げ方や、応援も様変わりした印象をもった。うるさいだけのお笑い芸人を出演させるはのお祭りだからというわけかもしれないが、普通に聞けるのは矢部氏だけで、加藤氏などは聞く気にならない。またテレビなのにラジオのようにしつこく実況するのは、ゆっくり観られなくて困ったものだ。定時のニュースで毎日、テーマ曲を流しながら練習風景を伝えるのもいくらなんでもやりすぎだろう。4年前は開催国だったから「各国の選手、ファンの皆さんいらっしゃい」という和やかな雰囲気を感じたのだが、今回はテレビも国威発揚とばかりに目の色が変わった日本応援で少々疲れた。フジテレビの西山アナのように気色ばんで「(ジーコの)采配ミスが・・・」と言ったり、テレビ朝日の小宮アナのようにFWを変えるように進言したりという様子だが、国政に関するニュースにその熱意を見せてもらいたいものだ。
 ブラジルに負けた試合の印象から、日本代表を酷評する向きもあるが、順調にステップアップしているように思う。ブラジル戦について言えば、ベストメンバーを組まずギャンブルをしたのだから裏目に出たら仕方が無い。FWは柳沢と高原がベストで、巧みなパスの受け方、高い守備意識により、中盤でのボール保持率を上げ、ディフェンスの負担を軽減していたのだが、他のFWでは攻められっ放しで疲労困憊になりがちだった。ブラジル戦で先制点を取った時にあんなに喜んでいるようじゃ期待できない。最低でも2点取らなきゃ決勝トーナメントに進出できないとわかっているのだから。
 ジーコに対する批判があるのは承知しているが、オフトやトルシエの時と比べると日本代表の試合は明らかに見応えがあるものになっている。Jリーグ元年のプレーオフで鹿島の選手だったジーコは審判に激しく抗議し、PKのボールに唾を吐きかけて退場となった。選手として勝利にかける闘志と執念のすさまじさに驚かされたのを憶えている。そんなジーコが監督としては辛抱強く温かい目で選手の自主性を促したところに、当方は彼の人間としての奥深さを感じる。長年日本と関わったジーコは命令や指示を好む日本人の気質を理解していたはずだが、それを利用する安易な方法を選ばなかった。そこにジーコ自身の哲学に裏打ちされた、日本サッカー発展への強い期待が感じられる。 

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コメント(7件)

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はい?トルシェの時よりも見ごたえがある?
ナニカ勘違いしていません?
どぅみても今回の日本代表は、高校サッカー以下のつまらなさでした。
パスもシュートもディフェンスも出来ない!!
ジーコ監督は一体4年間何をしていたのでしょうか?
ジーコ監督は日本に何を教えてくれたのでしょうか?
それに最後には自分の非も認めずに「日本は未成熟」発言・・。
はっきり言って呆れました。
そんなダサい言い訳をする人に奥深さなんて、みじんも感じられません。
おいおい
2006/07/16 23:58
サッカー好きな人がサッカーボールに唾を吐きかけるなんてアリエナイ!!
勝利に対する闘志と執念というよりも人間として出来てないと感じます。
それこそジーコが「未成熟」
それに
2006/07/17 00:02
おそらくは次の契約先と条件が気になるのか、選手をロボットのように仕込んでいたトルシエのロボットサッカーに面白みはなかった。ただ当時と現在では社会状況に大分変化があるため、サッカーの扱われ方も大分変わったという感じかな。


>サッカー好きな人がサッカーボールに唾を吐きかけるなんてアリエナイ!!

アマチュアならそうかも知れない。
当時の新聞には「ジーコ、サッカーを冒涜」という見出しが出ていた。
サッカーを宗教、神にしてしまうところがすごすぎる。
武道の影響か?または八百万の神々の国、日本だからかもしれない。

ssssrrii
2006/07/17 01:21
ジーコを神扱いしているのはブラジルです。決して日本が言い出したわけでは無い!!

>アマチュアならそぅかもしれない。
?? プロだからこそしてはいけない行為だ!!
あなたの方こそジーコの事を神として過大評価しているのではないでしょうか?
それからトルシエのサッカーは確かに選手を厳しく0〜100まで教え込んでいた。でも、カウンターでしか点が取れなかった日本サッカーにパスの回し方を教えてくれた。DFの出来ない日本サッカーにフラット3という形で世界と対等に戦えるようにしてくれた。・・ジーコが今回何も残せなっかった事を考えるとトルシエの方が断然中身のある4年間だったように思える。

トルシエよりもジーコの方こそ試合後の会見で「今度は欧州の監督になりたい」と発言していましたよね?私にはよっぽどジーコの方が次の契約先の事ばかり考えていたように思えて仕方が無い。
その後監督に就任したトルコの名門チームでも初戦敗退に終わったそうですね。今後、場所を移したジーコの監督としての能力が楽しみです。
おいおい
2006/07/17 12:55
>ジーコが監督としては辛抱強く温かい目で選手の自主性を促したところに、当方は彼の人間としての奥深さを感じる・・・。
あなたのこの発言・・。
辛抱強く温かい目で選手の自主性を促がしたとありますが、私には「ほったらかし」にしていたようにしか見えません。だからこそ選手が大事な合宿中にキャバクラへ行く、選手間での意見の相違などの問題が出てきたのではないでしょうか?
ジーコがあまりにも選手に無関心だったように思えて仕方が無いのです。


それから
2006/07/17 13:03
 当方は、ジーコに同じ人間としてご苦労様と言っている(神様には普通言わない)。ジーコが住友金属に来た当時と比べると、日本も格差が目立つようになり、スポーツを大衆の憂さ晴らしに使おうという連中が増えたのは残念なことだ。
 トルシエのおかげで、世界と対等に戦えるようになったかは疑問だ。対等に戦うためにロボットサッカーを卒業したと思ったのだが。トルシエは見かけはある程度整えたかも知れないが、選手の頭の中はカラッポだった。スポーツは、たとえ団体競技であっても、精神的なタフネスや、知性、ヒラメキ、判断力といった心と、身体的な強さ、スピード、テクニックといった体、つまり心と体の高次元な調和を表現していると当方は考えている。
ssssrrii
2006/07/19 00:06
 代表選手について、ジーコにも外せない基準はあったが、自己管理まで言及することはなかっただろう。それは、なにより本人がプロとして自覚をもつべきことだからだ。子供の教育は基本的に親がするが、大人になったら自分で自分を教育するべきだろう。「代表監督が無関心だからこうなった」などと言ったら、いい大人の選手たちをバカにしていると思うのだが。
 W杯については、それまでの代表チームにはなかったようなプレーが見られたように思う(中盤で簡単にボールを取られる等)が、それには何か理由があったのだろう。しかし、1番悔しい思いをしたのは負けず嫌いなジーコだったと思う。
 
ssssrrii
2006/07/19 00:07

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