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zoom RSS 11 全仏テニス男子決勝 フェデラーVSナダル

<<   作成日時 : 2011/06/06 23:56   >>

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 グランドスラムの決勝を何度も戦った両選手の対戦は、色々な意味で変化を感じる一戦だった。
 試合は7-5, 7-6, 5-7, 6-1でナダルが勝利した。フェデラーの多様な技術と、ナダルの粘り強さが見られて、ブレークの応酬もある見どころの多い試合だった。特に第4セットで、フェデラーがブレークされて1-3となった以降は、巻き返そうとするフェデラーとそのまま押しきろうとするナダルの間で厳しいショットの応酬が繰り広げられて、素晴らしかった。

 このように見応えのある一戦になった理由の1つとして考えられるのは、WOWOWの放送で紹介していたのだが、6年ぶりぐらいで今年から全仏オープンの使用球が変更されたことである。若干反発性が高く、ショットに回転をかけにくいそうで、晴天続きで硬くなったクレーコートと合わせて個々の選手のプレーに大きな影響を与えたことは容易に想像できる。おそらくは、ボールによく回転がかけられるバボラの高性能ガットの使用による影響を低減するための措置と思うのだが、その効果はこの試合でも明らかだった。フェデラーのほとんどフラットではないかと思われるバックハンドショットがクロスコートに突き刺さるかのように鋭く打ち込まれて、ナダルが拾いきれない場面が何度もあった。フェデラーの技術が高い水準にあるのは確かだが、それを発揮できる試合環境が整えられていた。またネットプレーが比較的多かったのも、サーブ、またはアプローチの威力が増したためと思われる。それは同時にナダルの両手両足に重りでもつけられているかのように感じたほど、ナダルのプレーぶりを重く見せる効果もあった。おそらくはナダルのショットの威力が低減されたことにより、フェデラーの多様なショットがゲームの中で見られるようになったのだろう。

 もう1つの変化は、試合中のナダルの表情である。2,3年前は、獲物を狙う野獣のような迷いの無い鋭い表情だったが、この試合では、第4セットの終盤を除いて”悩める哲学者”とでもいうような悩み深い表情を見せていた。おそらくは額に長い横シワが数本刻み込まれているのではないだろうか。放送で紹介された彼の談話として「自分は25年生きてきたが、もう100年はテニスをやっているような気がする」、「試合のためにコートに入るのを、出勤しているように感じることがある」などが紹介されていた。彼のプレースタイルからするとなるほどと思う点もあるのだが、精神的な疲労の蓄積を感じさせる発言である。”燃え尽き症候群”ではないかとも言われているようだ。そのような状態で、しかも前年の優位性が薄れた試合環境においても、闘志を奮い起こして優勝を飾ったナダルに賛辞は惜しまないが、試合中の表情に加え、表彰式でも以前の屈託の無い様子が少なかった点が気にかかるのである。


 

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