郵政民営化に関わる自民党復党問題の愚
郵政民営化に関して、自民党を離党させられた議員の復党問題が報道されているが、語るのもはばかれるほどの馬鹿馬鹿しさである。メディアの論調として、「もし復党を許したら、あの選挙はなんだったのか?」また、「郵政民営化に賛成と投票した有権者を馬鹿にしているのではないか」という声もあるようである。これについて答えるならば、「あの選挙は不要で全くの茶番であった」、また「郵政民営化に賛成と投票して、復党で馬鹿にされたと感じる有権者は、選挙期間中から馬鹿にされていたのだ」となるだろう。
メディアは、自分たちが2005年衆議院選挙を郵政選挙として与党に協力した手前、選挙自体が馬鹿馬鹿しかったと言えないだけだ。国政選挙を1つの法案への賛否だけで投票させるインチキを信じて与党に投票した有権者が馬鹿にされるのは、自己責任の問題であろう。もっともそのような国民の数は限られている。投票率は約7割だったので、国民10人あたり7人が投票したことになる。投票を総計するとわずかに野党への票が多かったが、ほぼ同数として与党に投票したのは国民10人あたり3.5人である。ここから、まず公明党の支持者である創価学会員をはぶく必要がある。彼らは学会の指示通りに投票しただけだからロボットと同じで馬鹿にされるも何も特に疑問はもたないものとも思われる。次に構造改革で利益を得ている国民もはぶいたほうがいいだろう。彼らの多くはあの選挙は方便であるとわかっていたと思われる。元ライブドアの堀江が「国民はバカだから、郵政民営化などわかりはしない」と言っていたが、自民党自体が「低IQをターゲット」にキャンペーンを行なってきたのである(失礼極まりない)。このようにはぶいていくと国民10人あたり2,3人というところか。
前述した自民党に対するメディアと有権者の声は、「右を向いても左を見ても○○と×××の絡み合い」という風情なのだが、メディアがそういう類であるということがわかっただけでも国民の利益につながる収穫といえよう。
数ヶ月ほど前に配布されたフジサンケイグループの情報誌に以下の文が掲載されていた。
「衆院解散直後に小泉首相が『国民一人一人に郵政民営化の是非を問う』とテレビカメラに熱く語ったシーンを覚えていますか。テレビの前で私は『あ、私自身が意見を聞かれた』と感じていました。政治と私と選挙とを一瞬で単純な線にして見せた言葉が鮮やかでした。-後略ー」
政治と私と選挙が一瞬で単純な線にみえたら、注意が必要である。
メディアは、自分たちが2005年衆議院選挙を郵政選挙として与党に協力した手前、選挙自体が馬鹿馬鹿しかったと言えないだけだ。国政選挙を1つの法案への賛否だけで投票させるインチキを信じて与党に投票した有権者が馬鹿にされるのは、自己責任の問題であろう。もっともそのような国民の数は限られている。投票率は約7割だったので、国民10人あたり7人が投票したことになる。投票を総計するとわずかに野党への票が多かったが、ほぼ同数として与党に投票したのは国民10人あたり3.5人である。ここから、まず公明党の支持者である創価学会員をはぶく必要がある。彼らは学会の指示通りに投票しただけだからロボットと同じで馬鹿にされるも何も特に疑問はもたないものとも思われる。次に構造改革で利益を得ている国民もはぶいたほうがいいだろう。彼らの多くはあの選挙は方便であるとわかっていたと思われる。元ライブドアの堀江が「国民はバカだから、郵政民営化などわかりはしない」と言っていたが、自民党自体が「低IQをターゲット」にキャンペーンを行なってきたのである(失礼極まりない)。このようにはぶいていくと国民10人あたり2,3人というところか。
前述した自民党に対するメディアと有権者の声は、「右を向いても左を見ても○○と×××の絡み合い」という風情なのだが、メディアがそういう類であるということがわかっただけでも国民の利益につながる収穫といえよう。
数ヶ月ほど前に配布されたフジサンケイグループの情報誌に以下の文が掲載されていた。
「衆院解散直後に小泉首相が『国民一人一人に郵政民営化の是非を問う』とテレビカメラに熱く語ったシーンを覚えていますか。テレビの前で私は『あ、私自身が意見を聞かれた』と感じていました。政治と私と選挙とを一瞬で単純な線にして見せた言葉が鮮やかでした。-後略ー」
政治と私と選挙が一瞬で単純な線にみえたら、注意が必要である。
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